2016/08/25

ケチ : OSHO

元記事

自分のエネルギーを出し惜しみしているような気がします

だったら覚めていなさい……覚めていることだ。非難してはいけない。非難は助けにはならない。それはあなたをもっと後ろめたい気持ちにさせ、後ろめたい気 持ちを抱いている人はもっとケチになる。そのことを理解しようとしなさい。自分のエネルギーを出し惜しみしているのなら、理解しようとしなさい、「私は自 分のエネルギーを出し惜しみしている、分かち合おうとしていない」ということを。この事実をそこに置いておきなさい。そして改めて関係に、人びととの関係 に入っていき、この事実を思い出す。思い出させてくれるように、この事実をつねにそこに置いておきなさい。

 そしてケチでないことをなにかやってみなさい……というのも、習慣というものがあるからだ。とにかくケチではないなにかをやってみなさい。ケチではないことをやりえさえしたら、あなたは言うだろう、「自分はなんてばかなことをやっていたんだ!」と。

  今日たまたま、私はあるアメリカ人の億万長者の生涯にかんする本を読んでいた。彼は1セントでも寄付というものをしたことがなかった。乞食は彼の家には来 なかったし、寄付をつのる人たちもけっして頼んだりはしなかった。彼が断ると知っていたからだ。彼は断固として断っただろう。

 あるとき、 ひとりの友人が大学への寄付を求めて、億万長者のところへやってきて言った、「君がくれるはずはないことはわかっているから、寄付をお願いしたりはしない よ。ただ偽の小切手をくれないか、二日後に返すから。でも、その小切手が役に立つんだ。1万ドルの小切手をくれないか、偽の小切手をね。そうしたら町中の 人に、君が1万ドルをくれたんだと見せて回ることができるから、他の人たちも寄付をしてくれるだろう。他の人たちから寄付を集めたら、君の寄付金はお返し するよ」

 なにもまずいことはない、と億万長者は考えた。それに彼は友だちだったから、信用していい。彼が金を出すと、町中の人たちがその ことについて噂しはじめた。二日間ひっきりなしに、人びとが電話をかけてきた。人びとは彼のところにやってきて言った、「あなたはケチだと思っていました よ。間違っていました」

 二日後に、その友人がやってきた……彼は何千ドルもの寄付金を集めていた。彼は言った、「これが君の小切手だ。お返しするよ。われわれは大いに感謝してるんだ。それのおかげでたくさん集めることができたからね」

  ケチな男は泣きはじめた。彼は言った、「それはとっといてくれ。もうあと1万ドルやろう。なぜなら、与えることが人をどんなに幸せにするかを今まで知らな かったからだ。おおぜいの人が電話をかけてきたし、おおぜいの人が家にやってきた。生まれて初めて、私はまったく違う次元を見たんだよ。私はケチケチとた めにため込んできたが、この二日間ほどいい気分になったことはなかった。これからはどんどんあげることにするよ。町中の人に言ってくれ、なにか必要な人 は、ここに来るようにと。夜中だってかまわない、私は喜んでくれてやろう。それを味わってしまったんだ……」

 だから唯一あなたにできるの は、ケチでないことをなにかやって、その分かち合いの次元を味わうことだ。それがいい感じだったら、なんの問題もない。あなたはまたそれをやるだろう。い い感じでなかったら、やはり問題はない。古いパターンに戻ればいい。だれも行く手をさえぎってはいない。

 しかし、後悔したり非難したりするのはよくない。たんに自分のやり方や動き方に、自分の心のメカニズムの働き方にもっと意識的になるだけだ。わかったかね?

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