2016/06/02

中空の竹でありなさい

元記事:中空の竹でありなさい

~あなたが無欲なとき あなたは 解放されている~

これはティロパの独特な技法のひとつだ。マスターにはそれぞれ、自分がそれによって達成し、それによって他の人たちを助けたいという、その人独自の技法がある。これはティロパの独自性だ――中空の竹のように、自分の身体にくつろいで休みなさい。

  竹――内側は完全に空っぽだ。休むとき、あなたはただ自分が竹のように感じる。内側は完全に中空で、空っぽだ。そして実際に、これが真相だ。あなたの身体 はまさに竹のようであり、内側は中空だ。あなたの皮膚、あなたの骨、あなたの血はすべて竹の一部であり、内側には空間が、空性がある。

 口 を開かずに完全に沈黙し、動かず、舌を上あごに触れて沈黙し、思考で震えることなく、受動的にマインドを見守り、とくになにかを待つことなく坐っていると き、中空の竹のように感じるがいい。突然、無限のエネルギーがあなたの中で放たれ始める。あなたは未知なるもの、神秘なるもの、神なるもので満たされる。 中空の竹は笛になり、神なるものがそれを吹き始める。いったんあなたが空っぽになったら、そのときは神なるものがあなたに入るのを遮るものはない。

  これを試してごらん。これはもっとも素晴らしい瞑想のひとつ、中空の竹になる瞑想だ。あなたは他になにもする必要はない。あなたはただ、これになる。そし て、他はすべて起こる。突然あなたは、あなたの空性になにかが降りてきているのを感じる。あなたは子宮のようであり、新しい命があなたの中に入ってきてい る、種が落ちてきている。そして、竹が完全に消える瞬間がやって来る。

 くつろいで休む――スピリチュアルなことを望んではいけない、天国 を望んではいけない、神すら望んではいけない。あなたが無欲なとき、あなたは解放されている。仏陀の境地を望むことはできない。望むことが障壁だからだ。 障壁がないとき、突然、ブッダがあなたの中で爆発する。あなたにはすでに種がある。あなたが空っぽのとき、空間がそこにある――種が爆発する。
 与えるものはなにもない、得るものはなにもない。すべてがまったくオーケーだ……あるがままで。どんなギブ・アンド・テイクも必要ない。あなたはあるがままでまったく完ぺきだ。

あなたはなににもなる必要はない。自分は誰なのかをただ悟るがいい、それだけだ。あなたの内側に誰が隠れているのかをただ悟るがいい。改善したら、なにを 改善したところで、あなたはつねに心配し、悩むだろう。改善しようという努力そのものが、あなたを誤った道へと導いているからだ。それは未来を意味あるも のにする、ゴールを意味あるものにする、理想を意味あるものにする。そして、マインドは欲しがることになる。

 欲しがったら、あなたは逃す。欲しがることを鎮まらせ、無欲であることの静かなプールになるがいい――すると突然、あなたは驚く、不意にそれがそこにある。そして、あなたは腹の底から笑うだろう、ボーディダルマが笑ったように。

 そうなったら、修行すべきなにがある? もっともっとくつろぐ。もっともっと今ここに在る。もっともっと行動の中にあるが、ますます行動している状態ではなくなる。ますます中空になり、空っぽに、受動的になる。あるがままの自分で幸せだ。祝っている。

 そして、いつであれ――ものごとが熟し、時機が来たらいつでも――あなたはひとりのブッダとなって花開く。

Osho, Tantra: The Supreme Understanding, Talk #4より抜粋

OSHO トランスフォーメーションタロット


37. 天国の門

あなたが意識をしているいるとき、あなたは天国にいます。醒めていなさい。油断せずにいなさい。意識していなさい!これもまた、あなた次第です。

禅マスター白隠は、まれな開花のひとつだ。ひとりの戦士、サムライが、偉大な兵士が彼のところに来てたずねた。

「地獄はありますか? 天国はありますか? もし地獄と天国があるとしたら、その扉はどこにあるのですか? 私はどこから入ればよいのですか?」

彼は素朴な戦士だった。戦士は常に素朴だ。彼らのマインドのなかにずるさはない。計算はない。
彼らはふたつのことしか知らない――生と死だ。彼はなにか 教義を学ぼうとして来たのではなかった。彼は地獄を避けて、天国に入れるように、その門がどこにあるのかを知りたかった。
そして白隠は、戦士にしかわから ないやり方で応えた。

 白隠は言った。「お前は誰なのか?」

 戦士は応えた。「私はサムライだ」。サムライであることは、日本では非常に誇り高いことだ。それは完璧な戦士、自分の命を差し出すのを一瞬の間といえどもためらわない人間であることを意味する。
彼は言った。「私はサムライだ。私はサムライの指導者だ。天皇でさえ私には敬意を払う」
 白隠は笑って言った。「お前がサムライだって? お前は乞食みたいだぞ!」
  彼の誇りは傷ついた。サムライは自分がなんのために来たのかを忘れた。彼は刀を抜いて、まさに白隠を殺そうとした。
  白隠は笑って言った。「これが地獄の門だ。この刀、この怒り、このエゴとともに、ここにその門が開く」
 これが戦士に理解できることだ。すぐにサムライは理解した。彼は刀を鞘に収めた……。そこで、白隠は言った。「ここに天国の門が開く」

 地獄と天国はあなたの内にある。両方の門があなたの内にある。
あなたが無意識に振るまっているとき、そこには地獄の門がある。
あなたが油断せずに、意識するようになると、そこには天国の門がある。

 マインドは天国だ。マインドは地獄だ。そしてマインドには、そのどちらにもなれる許容力がある。だが、人びとは、どんなものも、どこか外側にあると思い つづけている……。地獄と天国は生の終わりにあるのではない。それらは今ここにある。瞬間ごとにその扉が開く……一瞬のうちに、あなたは地獄から天国へ、 天国から地獄へと動くことができる。

Osho ROOTS AND WINGS, pp.82-98
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