2016/08/13

OSHO : 何かを達成しようという観念は いっさい捨てなさい



元記事

<初期書簡集より>
1962年

拝啓

愛情のこもった便りをありがとう

あなたは、瞑想をしていると言う
それは喜ばしいことだ

瞑想で、何かを達成しようという観念は
いっさい捨てなさい

ただ、自然に瞑想するがいい
起こることは、自然に起こる

ある日、骨折らずとも
あらゆることが、ひとりでに起こり始める

努力というものは、瞑想にはつながらない
実際には、それは邪魔物だ

努力、訓練、勉学というようなものは
そのなかに緊張がある

どんな期待でも
たとえ、安らぎへの期待であっても
落ち着きのない状態をもたらす

その緊張が、なくならなければならない
緊張がなくなるや否や
聖なる安らぎが訪れる

「自分がやっている」
という感覚を持つのをやめなさい

その代わりに
「在るそのものの手に、自分をゆだねる」
ということを、了解するがいい

明け渡すのだ
自分を完全に、明け渡しきってごらん

これをするが早いか
「空」(くう)が訪れる

「呼吸も体も、リラックスして来ている」
と、あなたは言う

これが、マインドについても起こるだろう
マインドが去ったとき
何が起こるかは、筆舌に尽くしがたい

わたしは、あなた方両人に
これが起こるであろうことを、知っている

ただ自然に、目的意識を持たずに続けなさい

まもなく、わたしもそちらに行く
それまで、わたしが今言ったことを
静かに続けてごらん

みなさんに、よろしく
書きたくなったら、いつでも手紙を書きなさい

わたしは、完全な至福の内にある


OSHO:「ア・カップ・オブ・ティー」(めるくまーる社)より
by mudito

2016/08/12

OSHO トランスフォーメーションタロット 39 創造性

OSHO トランスフォーメーションタロット
39 創造性

あなたの狂気、あなたの否定性、あなたの破壊性を、
あなた自身とほかの人に対して用いるのをやめましょう。
それはこれまでやりやすいことだったのです。
破壊なら、子どもにもできます。
いまはもう、内側にあってまったくなじみのないなにかに向かいましょう。
それには途方もない勇気、途方もない力が要ります。
あなた自身にあなたの創造性を表現させましょう。



これは仏陀のことを語った物語だ。
 ほとんど狂っている人がいた。狂っている殺人者だ。彼は千人の人びとを殺すという誓いをたてていた。社会が彼をひどく扱ったから、それ以下ではだめだった。千人の人びとを殺すことで、彼は復讐するつもりだった。そして彼は、殺した人一人ひとりから指を一本取って、自分の首にかけるロザリオを作る――千本の指のロザリオ。この誓いがもとで、彼の名前はアングリマーラ――『指のロザリオをかけている人』になった。
 彼は九百九十九人の人びとを殺した。アングリマーラが近くにいることを知ると、人びとは誰もその方角には行かなかった。人の往来が止まったものだ。そして、彼には最後の人間を見つけるのがとてもむずかしくなっていた。自分の誓いが成就するには、あとひとりだけでよかったのだ。
 仏陀は森に向かっていた。すると、村から人びとが彼のところに来て言った。「行ってはいけません! あそこにはアングリマーラが、あの狂った人殺しがいます! 彼は思い直したりはしません、あっさりと殺してしまうのです。彼はあなたが仏陀だという事実を考えたりはしないでしょう。向こうには行かないでください! 別の道があります……」
 だが仏陀は言った。「もし私が行かなかったら、誰が行く?……彼は人間だ。彼には私が必要だ。私は危険を冒さなければならない。
彼が私を殺すか、それとも私が彼を殺すかだ」
 仏陀は行った。最後の最後まで彼といっしょにいると言っていたもっとも近い弟子たちでさえ、あとずさりし始めた。これは危なかった!
 だから、アングリマーラが岩の上に坐っている、その丘に仏陀が近づいたときには、彼の後ろには誰もいなかった。彼は独りだった。弟子たちは消えていた。
 アングリマーラは、この無垢で、子どものような人を見た。あまりにも美しかったので、殺人者である彼ですらその人に慈悲を感じた。彼は考えた。「この人は私がここにいることにまったく気づいていないようだ。そうでなければ誰もこの道を通っては来ない」。さらに彼は考えた。「この人を殺すのは良くない。彼を行かせることにしよう。誰かほかの人を見つければいい」
 彼は仏陀に向かって叫んだ。「戻れ! いまそこで止まって戻るんだ! それ以上足を踏み出してはだめだ! 私はアングリマーラだ。
それに、見ろ、ここには九百九十九本の指がある。あと一本の指が必要なんだ――たとえ私の母が来ようとも、私は彼女を殺して自分の誓いを成就させる! だから近づいてはいけない。私は危険だ!
 それに、私は宗教の信者ではない……お前は非常に善良な僧、偉大な聖者かもしれないが、私はかまわないぞ。お前の指でも誰の指でもかまわないんだ。一歩も先へ進むな、さもないとお前を殺す。止まれ!」だが仏陀は進みつづけた。
 そこでアングリマーラは考えた。「こいつは耳が聞こえないか、狂っているかだ」。もう一度彼は叫んだ。「止まれ! 動くな!」
 仏陀は言った。「私はずっと前に止まった。私は動いていない。
アングリマーラ、お前は動いている。私にはゴールはない……それに、動機がなければ、どうして動きが起こりえよう? おまえが動いているのだ――そして、私はお前に言おう、お前こそ止まるのだ!」
 アングリマーラは笑い出して言った。「お前はほんとうにばかか、狂っているかだ。お前がどんな礼儀を心得ているのか私にはわからない!」
 仏陀は近づいて言った。「お前にはもう一本の指が必要だと私は聞いた。この身体に関するかぎり、私のゴールは達成されている。この身体は役に立たない。お前がそれを使うがいい。お前の誓いは満たされるだろう――私の指を切り落とし、私の頭を切り落とすといい。私は目的があって来た。これが、私の身体がなんらかの意味で使われる最期の機会だからだ」
 アングリマーラは言った。「私はこのあたりでは自分だけが気違いだと思っていた。が、賢くあろうとはしないことだ。それでも私はお前を殺すことができる」
 仏陀は言った。「私を殺す前に、ひとつのことをやってほしい――死んでゆく者の願いにすぎないが――この枝を切ってほしい」。アングリマーラが剣を樹に振りおろすと、大きな枝が落ちた。
 仏陀は言った。「もうひとつだけ――それをもう一度樹につけてほしい」
 アングリマーラは言った。「お前が完全に狂っていることがこれでわかった。私は切ることはできるが、つなぐことはできない」
 すると仏陀は笑い始めて言った。「壊すだけで創ることができないなら……お前は壊すべきではない。破壊は子どもでもできる。それには少しも勇ましいところはない。この枝は子どもでも切れる。だが、それをつなぐにはマスターが必要だ。それに、もしお前に、枝を樹につなぎ戻すことができないのなら、人間の頭だとどうなる? お前はそのことを一度でも考えたことがあるのか?」
 アングリマーラは目を閉じて言った。「その道に私を導いてください」。そして、その一瞬のうちに、彼は光明を得たと言われている。
 気違いになるエネルギーをもっている人は、光明を得るエネルギーももっている――それは同じエネルギーだ。向きが変わっただけだ。あなたが創造的になれなかったら、エネルギーは破壊的になる。
Osho THE MUSTARD SEED, pp.137-142
Copyright © 2011 Osho International Foundation